豊かな自然と豊かな暮らし、研究者の目で考える自然と人の共生

自然が豊かであればあるほど、その恵みは大きい一方、厳しさも受け入れなければなりません。魚沼に暮らしてきた人たちは、自然と折り合いをつけながら、恵みを生かし暮らしてきました。時代が流れ、価値感が大きく変わる中、もう一度、自然を大切にしながら、暮らしに生かすすべを考えようと、フィールドワークを通じて発見した「地域の宝」の生かし方を、横山さんは発信しています。

 

横山 正樹さん(魚沼市自然環境保全調査委員)

 

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横山 正樹

 

魚沼は自然が豊か! その実態はどうなのだろう

魚沼市では、自然を保全しつつ、市民の健康で文化的な生活に寄与することを目的に、2007年、環境基本条例を制定。それに伴い、自然環境調査を実施することになり、横山さんにも参加の依頼がありました。「合併して間もないとき(2004年に6町村が合併)で、私自身も魚沼市全体の自然の豊かさを示す客観的なデータがないと感じていました。魚沼は自然が豊かだというけど、緑が多いから? 水がきれいだから? じゃあ水がきれいならそこに何がいるの? 植物がいろいろある、じゃあ何種類あるの? と問われると答えられない状態でした」。仲間を集い、「魚沼昆虫同好会」を結成。横山さんはトンボを担当し、市内各地へ出向いて生息状況を調べ始めました。

2012年から4年間、里山で調査した結果、トンボが12科、53種。それ以前の高山での調査データと合わせると67種が魚沼市で生息していることが分かりました。「科によって生息環境が違いますから、科が多いということはそれだけ多用な生息環境が整っていると言えます。またトンボは日本全体で203種、新潟県は101種生息しています。そのうちの67種ですから、多いと言えば多いですけど、数の大小よりも具体的な指標が明らかになったことが大きいと思っています」。トンボが生息するには水辺の環境が不可欠。10年後、20年後の生息数がどのように変化しているかによって、水田も含む水辺の環境の変化が読み取れるといいます。

もうひとつ、自然環境調査の大切な側面があると横山さんは話します。「市民参加で調査を行っていること。地域の人たちが自分で調査して実感できることに意義があります。中でも昆虫は子どもにも人気があって、彼らが参加してくれることはとても大きい。魚沼の自然を考えてくれる大切な跡取りですからね」。

 

横山 正樹

 

土壌微生物から始まった自然への興味

横山さんが自然環境に興味を持つようになったきっかけは土壌微生物。理科の教員として故郷に赴任した際「地元の素材を使った理科教育を行って行く中で、先輩から話を聞いて自然や昆虫に興味を持ち、最初にのめり込んだのが土壌微生物でした」。

ミミズやトビムシ、ゴミムシなどが含まれる土壌動物や微生物は、枯れた植物の葉などを分解して土壌に栄養分を与える役割を果たしています。「土壌は、自然を保つために一番必要な場所です。腐ったものなどを土壌に還してくれる土壌微生物がいることで、土壌が豊かになって植物が育つ。そうすると昆虫が来て、昆虫を食べるものがくる。生き物や自然への興味は、きれいだったり、華やかだったりするものに目が行きがちですが、子どもたちに生態系を教えるためには、一番下で支えている存在から知って欲しいという気持ちがありました」。

「次に取り組んだのが尾瀬です。昭和58年(1983年)からずっと通っています。尾瀬は自然保護の原点ですからね」。魚沼市が行っている「尾瀬環境学習」にも毎年同行。市内全小学校の5年生が参加するこの教室で、横山さんは子どもたちに尾瀬の昆虫や植物と、身近な里山のそれらとの違いや同種がいることを教え、尾瀬の希少性と自分たちが暮らす里山にも多くの貴重な生物がいることを伝えています。

 

横山 正樹

 

自然の宝庫、福山新田は「魚沼の尾瀬」

「福山新田三人衆」のページで紹介した野村さんたちが活動している福山新田を、横山さんは「魚沼の尾瀬」と呼んでいます。「昨年で終わったトンボの調査も、今年から始まった両生類の調査でも福山新田は調査地でした。四方を山に囲まれ、池があり、田んぼがあって、農業用水もあり、湿地に恵まれている。湿地があるから水苔が多くて、水苔に頼る植物が育つ。そうすると尾瀬と同じトキソウだとか、ミズバショウ、サワラン、ザゼンソウとかも生育する。トンボでは指標性昆虫(環境調査のために選ばれた10種類の昆虫)のハッチョウトンボ、絶滅危惧種のマダラナニワトンボやモートンイトトンボもいる。乱獲で絶滅危惧種となっているギフチョウもいます」。

ただ、福山新田の人たちにすれば、自分の周りに当たり前にある植物であり、昆虫であるため、それがいかに大切なものかは意識されていないと横山さんは話します。「こんなにすばらしい自然の宝があるよって説明して、ようやく『へぇー、そうかね。すごいんだね』と分かってもらえる。それは福山新田だけでなく、魚沼市全体もそう。だから調査で明らかにして伝えることが必要なんです」。その上で、天から与えられた自然の恵みを生活に生かす道も探るべきと言います。「福山新田の人たちは里山の環境を管理してくれているわけだから、価値のある植物を種から育てたり、山の幸を大切に生かして収入にしてもいいんじゃないかと」。実は、福山新田で行っているこけ玉作りの発案者は横山さん。水苔が多いことに着目し、野村さんたちに提案したことが始まりだったといいます。

 

横山 正樹

横山 正樹

横山 正樹

 

横山 正樹
横山さんの田んぼは、水を張ったまま。だからシュレーゲルアオガエルが卵を産みます。

 

自然との共存を可能にするちょっとした工夫

取材中、横山さんが虫かごを取り出してきました。泡の付いた草が入っています。「なんだか分かりますか。シュレーゲルアオガエル※の卵です」。泡を取り除いていくと、中には体長5ミリにも満たない小さなオタマジャクシが泳いでいます。「よく知られているモリアオガエルは木に泡状の卵を産みますが、これは田んぼの畦(あぜ)などに卵を生みます。泡の中でふ化して、雨が降ると田んぼの水の中に落ちてカエルに育ちます」。

ただ米作りでは、6月中旬頃に根の育成をうながすため10日間から2週間ほど水を抜いて田んぼを乾かします。「と、どうなります。オタマジャクシがカエルになる前に水がなくなるから、カエルになれない」。横山さんの田んぼでは、水を張ったままにし、オタマジャクシがカエルになれる環境を整えていますが、米作りの常道から言えば、外れた手法です。「オタマジャクシは腐ったワラなどを食べてくれますし、フンは肥料になるし、カエルになれば害虫を食べてくれる。ちゃんとお礼はしてくれる。その代わり水を提供してあげる。それが共存なんでしょうね」。だからといって今の米作りの方法をやめることはできない。「休耕田があれば、そこをちょっと使って水を張っておくだけでも、この子どもたちは生きていけるんですけどね」。

※シュレーゲルアオガエル/日本の固有種。学名はオランダのライデン王立自然史博物館館長のヘルマン・シュレーゲルに由来。ニホンアマガエルに比べると、鼻から目にかけての褐色の線がなく、体も一回り大きい。

 

横山 正樹

横山 正樹

横山 正樹

横山さんの田んぼで見つけた、アキアカネ(通称:赤とんぼ)、オタマジャクシ、シュレーゲルアオガエル

 

横山 正樹

 

大人の意識が子どもを変える

「先ほど話しに出た福山新田の地名は、山から「福」をいただいているから「福山」だと私は思っています。自分たちが山から幸をもらっている意識があったから付いた名前だと」。そしてその恵みを作ってくれるのは雪だと横山さんは続けます。「雪があって山に囲まれているから、お米がおいしくなるのもそのひとつだろうし、山菜がおいしいのもそのひとつ。水辺があるからトンボの数も多いし、チョウも来る、さまざまな植物も育つ。すべて雪の恵みなんですが、人々がこの土地から離れていく理由のひとつも雪」。自然の恵みの豊かさと厳しさを象徴する「雪」。それを受入ながら暮らしていくには、「少しでも地域の人に自然の恵みが還元できる仕組みを作りながら、住んでいる土地を好きになってもらえるようにならないと。大人たちが雪がたいへんだという話ばかりしていれば、子どもたちもそう思います。雪が降ってたいへんだけど、スキーはできるし、春になれば山菜がいっぱいとれるとか、楽しいところだって言えば、子どもたちもちょっとした我慢も必要だけど楽しいところだって思えるようになる。これからも自然体験などを通じて、魚沼の良さを子どもたちに伝えていければと思っています」。

 

魚沼市自然環境保全調査委員

民宿 浦新