先人達が育てたスノービーチの魅力を、多くの人に僕が伝えたい
「雪国」新潟の中でも魚沼地方は特に雪が多く、福島県境に接する大白川では、最近でこそ少雪の年が多くなったとはいえ、厳冬期には3メートル近くの積雪があります。雪解けが進み、やがて山々が新緑に包まれるのは5月に入ってから。淡い緑の葉をすかして光が森に注ぎ始める頃になると、住安勇人さんの仕事が始まります。
大白川の新たな資源として、先人達が大切に育ててきたブナを生かす。その取り組みは、まだ途についたばかり。山深い大白川の明日に光を当てるため、住安さんたちのこれからの仕事が期待されています。
住安 勇人さん(大白川生産森林組合)
INDEX
- 工場での仕事に終止符を打って、生まれ育った大白川へ
- 住安さんのもうひとつの顔は「大統領」!?
- 大白川の資源を生かす新たな取り組み「スノービーチプロジェクト」
- 先人達の取り組みが質の高いブナを育んだ
- 森の仕事は100年単位、息の長い、スケールの大きな仕事
工場での仕事に終止符を打って、生まれ育った大白川へ
住安さんは、地元、大白川の出身。周りには豊かな自然のフィールドがありましたが、子どもの頃は山や川で遊ぶよりも、当時大人気だった「ファミコン」に熱中していたといいます。高校卒業までを地元で過ごし、関東の大学へ進学。何になるという明確な目標があったというよりは、大白川の外に出てみたいという気持ち。山深い地に暮らす若者が抱く素直な気持ちが進学を決めさせたようです。
大学を卒業後、地元には戻ったものの、就職先は町場にある工場を選びました。プラスチックの加工品を作る会社です。「ただ、馴染めませんでした。ずっとこの仕事を続けていく気持ちになれなかったんですよね」。結局、8年務めた職場を退職。父親が組合長をしていた関係もあり、2014年に大白川生産森林組合に入組しました。
組合で森林を相手にする仕事をするようになって3年。「ファミコン少年」だった住安さんの気持ちも大きく変わってきました。「森の中にいると、無心になって仕事ができるんですよね」。小さい頃は特別な想いを感じていたわけではなかった。でも、心のどこかで抱いていた生まれ育った土地への愛着が芽吹いていたようです。
住安さんのもうひとつの顔は「大統領」!?
住安さんの組合での肩書きは総務主任。といってもデスクワークばかりしているわけではありません。むしろ現場での仕事のほうが多いくらい。「里山整備が主な仕事です」。森林は、自然の状態では災害を引き起こすリスクが高くなります。木々が込み入った森林では、しっかりと根を張った健康な木が育たず、また雨水の地面への浸透量も少なくなり、土砂崩れなどを起こしやすくなります。間伐で不要な木を間引くことで、災害のリスクを減らすことができるのです。人の手が入ることで、大白川の森林は健全な状態を保つことができるのです。
もうひとつ、住安さんには地域を代表する肩書きがあります。「実は、さんさい共和国の大統領なんです」。山菜やキノコなどの山の幸に恵まれたこの地域では1981年に「さんさい共和国」を建国。採れたての山菜やキノコの販売のほか、体験ツアーも実施しており、ツアーが行われる「わらび園」の管理、ツアー客の案内など、山菜が最盛期を迎えるころは、大統領としての仕事も忙しい。「ボク自身も山菜やキノコを採りに行きますが、ほんとにおいしいですよ。皆さんにもぜひ大白川に来て味わってほしいです」。
大白川の資源を生かすスノービーチプロジェクト
大白川生産森林組合がより積極的に地元の資源を生かそうと、2016年から取り組み始めた活動が「スノービーチプロジェクト」。このプロジェクトは、新潟大学農学部の紙谷教授が中心となって進めている活動で、スノー(雪国の)ビーチ(ブナ)を生かした付加価値の高い製品を作り、その魅力を発信、地域の活性化につなげていこうというもの。住安さんは、原料供給側として参加している大白川生産森林組合の窓口として活動しています。
「昔は炭焼きなどでブナを使っていましたが、木炭が石炭、石油に変わって、ブナはほとんど利用されないままになっていました。それでいて今、日本国内で使われているブナ材のほとんどが輸入品なんです。せっかくある国内材を有効に使おうというのが活動の趣旨で、住宅の内装材や家具、おもちゃなどへの活用を、試作品を作りながら進めています」。
大白川生産森林組合のプロジェクトでの役割は原料供給。少しでも質の高いブナ材を提供したいと住安さんは意気込みを語ります。
先人達の取り組みが質の高いブナを育んだ
「大白川のブナは太くて、まっすぐで、偽心材(ぎしんざい)が少ないことで評価をいただいています」。偽心材とは、広葉樹に巣くうクワカミキリの病害などで中心部に穴があったり、色が濃くなったりした木材のこと。標高の高い大白川の森林では、このクワカミキリの害が少ないのだそうです。また太く、まっすぐな材である理由は、組合で天然林改良を行ってきた賜(たまもの)なのだといいます。
「大白川のブナ林は、植林したものではなく全て天然林です。私の祖父や父親の時代から間伐を行って、ブナ林の改良を続けてきました。そのために、まっすぐで太いブナが育っているんです」。
住安さんに案内され、大白川木工センターで見せてもらったブナ材は、それは見事なものでした。ブナの木といえば20~30センチ程度のものしか知らない私にとって、直系80センチほどもある大白川産は、「これがブナ!」という驚き、そして虫食いや変色のない、スノービーチの名前どおりの白い木肌に目を奪われました。
「ブナの木が成長して木材として使えるようになるには50年以上かかります。今、僕らが質の高いブナを切り出せるのは、先人達のおかげなんです」。
森の仕事は100年単位、息の長い、スケールの大きな仕事
「今、僕たちが育てたブナが製品になるところを、僕たちは見ることができません。でも、父親たちがしてくれたように、次の世代にブナという資源を繋いでいくことが大切な役割なんです」。森林を相手にした仕事は、自分たちだけのためではなく、次の世代に想いを託す仕事でもあります。そのスケール感は、仕事の意味と大きな目標を住安さんに与えてくれました。
大白川に遅い春が訪れると、住安さんたちの山の仕事が始まります。ブナの育成を阻害する樹木を取り除く除伐、林の中にまんべんなく光が届くようにする下草がり、質の高いブナを育てるための間伐。先人たちが行ってきたことと同じように、まっすぐで太い、美しいブナが育つように、その生育環境を整えていきます。
「スノービーチプロジェクトは、まだ取り組み始めたばかりです。もっともっと多くの人たちから『大白川のブナを使いたい』と言ってもらえるように頑張っていきたいと思います」。