林業に携わって味わった充実感と満足感

「落ち着くところに落ち着いた」。一度はふるさとを離れた神保さんが感じていることを代弁すれば、そんな気持ちかもしれません。子どもの頃に遊んだ緑のフィールドで今、林業に携わっている。仲間に恵まれ、仕事に集中できる日々に充実感を感じながら、次代のフォレストワーカーを育てる役割も担い始めています。

 

神保 澄夫さん(魚沼市森林組合)

 

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神保

 

ふるさとで見つけた自分の居場所

自分がどんな仕事に向いているか。仕事に就く前からそれを分かっている人は、そう多くはないでしょう。まして高校を卒業したばかりの18歳の若者にとってはなおのこと。与えられた選択肢の中から「何となく」選んだというのがごく普通のことなのかもしれません。神保さんは高校卒業後、自動車工場に就職しました。配属された部署は塗装。機械でカバーできない細部を手作業で塗装する仕事でした。「体がなじめなくて、半年ほどで退職しました」。

生まれ育った土地を離れ、新しい環境に身を置いた神保さんですが、離職して地元に戻ってみるとやはり居心地がいい。「小さい頃に遊んだ川や森はそのままだし、一緒に遊んでいた幼なじみも結構残っていたし」。ここで暮らす、と気持ちの整理ができ、周囲も何かと気にかけてくれました。最初に声をかけ、仕事を紹介してくれたのは高校時代の先輩。奥只見湖を周遊する遊覧船の補助作業とスキー場でのリフト係。もともとスキーが趣味だった神保さん、冬の仕事は続けながら、それ以外の期間はさまざまな仕事を経験しました。

今の仕事につながる伏線となったのは、27歳の時。幼なじみがいた建具屋に勤め始めたこと。「幼なじみがいたこともありますが、木の匂いが好きだったんで。実家が木に関係した仕事をしていたわけではないですが、なんか好きなんですよね」。実家は、旧小出町の郊外。自身では意識していないものの、周囲にある緑のフィールドが子どもの頃の遊び場だったことが少なからず影響を与えたのかもしれません。建具屋で3年務めたところで誘われたのが現在の仕事。木を使ってモノを作る仕事から、原材料を提供する仕事へ。30歳での転身でした。

 

 

神保

 

積み上げた資格と経験を生かして

「この杉は樹齢70・80年くらいかな。じいさん世代が植えた木ですね」。二抱え以上もある立派な杉の木を見上げながら神保さんは話します。林業では、植栽に始まり成木を“収穫”する主伐まで、下刈り、枝打ち、除伐、間伐などのさまざまな作業があり、人が手をかけながら長い年月をかけて木を育んでいきます。現在、神保さんが主に担当しているのは主伐。取材当日も、新たな主伐現場で作業用の林道作りを行っていました。「伐採する現場まで道を切り開いていくんですが、道がしっかり出来ていないと作業がスムーズに行かないし、切り出した木を運搬するのも難しくなります。重要な仕事ですね」。バックホー(パワーショベル)を使い「半切り・半盛り」という工法で道を作ります。斜面を削った土を盛り土として使い、残土を出さない環境に優しい工法で、重機の扱いにも技術と経験がいる仕事です。「事前に下見をして、どういうルートにするか考え、目印を付けていきます。方線というその目印に沿って作業をするわけですが、思ったより条件がよくないときはスタッフと相談してその場で変更することもあります」。

バックホーをはじめチェーンソーや原木の運搬機器など、森での仕事にはさまざまな機械を使ったり、また独特の作業があるため、そのひとつひとつに資格が必要です。林業未経験だった神保さんは、林業従事者のキャリアアップを支援する林野庁の「緑の雇用」という制度を使い、仕事をしながら資格をひとつひとつ取得していきました。機械の取り扱いから作業監督としての安全教育など、積み重ねてきた資格は12。「この資格があれば、森の仕事は全般的にできますし、全国どこへ行っても通用します」。資格を取得し、現場での経験を積んできた神保さん。今では魚沼森林組合の中堅として、現場作業で中心的役割を果たしています。

 

 

神保

神保

 

森の中では無心で仕事に集中できる

30歳でこの道に入って11年。振り返ればあっという間に過ぎた歳月でした。地元に帰ってからもいくつかの仕事を経験してきましたが、「今までで一番長くやっている仕事ですからね、おもしろくなければ続かないですよ」と神保さん。夢中で森の仕事に取り組んできました。

「伐採なら自分が狙った方向にぴたりと倒れた時は『よっしゃ-』って思うし。きれいな道ができればそれはそれでうれしい。ひとつひとつの作業をきっちりと仕上げられたときの満足感がおもしろいと思う理由ですかね」。

どんな仕事にも満足感はありますが、森での仕事はこれまで経験した仕事とは違う特別な感覚があると言います。「無になれるっていうのかな、仕事にだけ集中できる。それだけ精神的にもいい時間を過ごせているのだと思います」。

森の中にいるのは、自分たち作業スタッフだけ。誰にも邪魔されることなく、自分たちがやるべき作業に集中できる。そんな「無」になれる時間が充実感を与えてくれるのでしょう。

 

 

神保

 

お互いの信頼感が生みだす阿吽のチームワーク

現場での作業の完成度を高めるには、チームワークが欠かせません。特に重機を使う作業や伐採は危険を伴うため、なおさら一緒に働くスタッフとの連携が必要になります。「伐採だと切り手がいて、重機乗りがいて、サポートする人がいて、だいたい1チーム2・3名。事前に下打ち合わせをして、それぞれの役割が明確になっていれば大丈夫です」。重機の音が響く中でも、手で合図するだけで相手が何をしたいか理解できるそうで、それは積み重ねてきたお互いの信頼感の賜物だと言います。仕事が一段落して仲間と一杯やる時間もチームの輪を生む大切な時間。「まあ仕事の区切りに関係なく、何だかんだ口実をつけては飲んでいますけどね」(笑)。

一つの伐採現場にかかる日数は、大小はあるものの平均1カ月半から2カ月ほど。「今日見てもらった現場もそのくらいの規模で、切り出す木の量も平均的な規模」。年間の伐採計画に従って順次行っていきますが、今年は特に伐採する面積が広く、スケジュールは混んでいるといいます。「でも、安全に、確実に作業をしていくことが、この仕事で一番大切なこと。その点、きっちりと仕事ができる仲間ばかりですから、安心していられます」。今では、チームのリーダー的役割を担っている神保さん。その言葉からは、仲間への強い信頼が感じられます。

 

現場

現場

作業

作業

 

写真

  1. 林道を走り抜けた誰もいない場所が神保さんの仕事場です。
  2. 重機を運転し伐採した木を運ぶ道を作って行くのが最初の仕事です。
  3. 4. 100年前に先輩たちが植林し大きくなった杉、常に安全に作業が進むよう願いながら木を伐採していきます。

 

神保

 

若手のサポートと次代の担い手への働きかけ

現在、魚沼森林組合で伐採などの現場作業に携わっているスタッフは12人。神保さんの後に入ってきた若いスタッフも3名います。彼らにとって神保さんは兄貴分的存在?と話を振ってみると、「いやぁ、そうじゃないでしょう。同じ仕事をしている仲間って感じじゃないですかね。もちろん仕事のことで聞かれれば、答えられる範囲で何でも話しますけど。若手には、何よりもこの仕事がおもしろいと思ってもらえれば。そのためにできることがあればサポートしていきたいと思います」。

若手のサポートに加え、林業の次代の担い手を育てる活動でも神保さんは活躍中。魚沼市が主催している参加費無料の「魚沼!森林塾」で講師を務めています。森林塾は伐採体験や伐採材を使った箸作り、ツリークライミング体験などを1泊2日で体験できるもので、年に数回開催されています。「伐採体験などを担当していますが、特別なことを話しているわけではありません。実際にやってみてもらって、少しでも林業に興味を持ってもらうきっかけになればという気持ちで取り組んでいます。体験してくれた人が、たとえ魚沼でなくても、森の仕事に就いてくれたらほんとうにうれしいですね」。

【参加者募集中】魚沼!森林塾~そうだ!森へ行こう~

 

神保

手入れ

道具

森林塾

 

写真

  1. バーの長さが120cmもあるチェーンソー。
  2. ほぼ毎日作業後に現場で目立てを行うそうです。
  3. 枝打ち作業をする道具、足につける「昇桂器」と「小さなチェーンソー」。
  4. 「森林塾」で参加者を指導する神保さん。

 

魚沼市森林組合
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