セカンドチャンスを生かして、故郷で花開かせる箸作りの技
若い頃から成し遂げたいことがあって、進む道を決めている人はどれほどいるでしょうか。何かに押されるように流れの中で選び、結果として就いた仕事で努力を続ける人のほうが多いのかもしれません。挫折を経験し、紆余曲折を経ながらも、塩川さんは自分の性に合った仕事を見つけることができました。充実感を感じながら箸作りに没頭し、新たなチャレンジにも取り組み始めました。
塩川 佑亮さん(塩川木工所 代表)
INDEX
- 確かな手わざが生み出す、多彩な箸の世界
- 将来を模索する中で、次へとつながるものづくりの道へ
- 探し続けた末に見つけた、箸作りという天職
- 求められる品質の中で、特長を出す難しさとおもしろさ
- 日々箸作りに取り組みながら、魚沼発の商品を目指す
確かな手わざが生み出す、多彩な箸の世界
四角、五角、六角、丸……さまざまな形があります。黒、紫、赤……素材の質感を生かしたナチュラルな色、漆を施した鮮やかな色、柄の付いたものや彫の入ったものもあります。工房の一角、壁に整然と並べられた多彩な形と色の箸。普段何気なく使っている暮らしの道具に、こんなにも豊かな表情があることに改めて驚かされます。ひとつ手に取ってみると、手触りが良く、しっくりとなじむ心地よい感覚。確かな技に裏付けられた職人の仕事です。
魚沼市板木。まるで木工の最適地のような地名のこの場所に、塩川さんが工房を構えたのは平成28年(2016)の初冬。兼業農家だった実家の使われなくなった作業小屋を自分で改造して「塩川木工所」を立ち上げました。「以前は精米をしていた小屋なんですが、農業をやめてから物置小屋になっていました。ものがあふれていて、片付けるのに苦労しましたよ(笑)」。1階には箸の材料となるさまざまな種類の板や、板を切る機械などが置かれ、2階には作業スペースと漆を施す部屋。「いつもこの作業場でカンナかけをやってます」と、窓際に設けられた作業台で箸を削る作業を見せてくれました。シュッ、シュッという軽やかな音が静かな工房に響きます。
- 2 階の作業場に置かれた一輪挿し。フラスコを使っているのも塩川さんのセンスでしょうか。
- 仕上げ中の紫色箸が素敵です。本当に紫色の材木だそうです。
- 昭和の窓ガラスの向こうに週末に降った2m の雪が魚沼の冬を感じます。
将来を模索する中で、次へとつながるものづくりの道へ
塩川さんが箸作りを始めたのは28歳のとき。職人としては決して早いスタートではありません。この仕事を生業とするまでには、いくつかの転機があり、紆余曲折がありました。
高校時代、甲子園を目指して野球に没頭していた塩川さん、同級生のほとんどが進学を希望する中で自身も大学進学を目指します。「将来のことをあまり考えていなかったんです。自分で決められなかったから、みんなと同じ選択をしたという感じでした」。結果、受験に失敗。独学で再度チャレンジをしたものの、二度目も不合格となって進学を断念。アルバイトをしながら仕事を探す中で、地元の石材店に就職することに。「はっきり決まっていたわけではないですが、ものを作る仕事がしたい気持ちがあって」。仕事はおもしろく、家族経営のいい職場だったと話す塩川さんですが、5年務めたところで退職。「友人とか仕事とか家とか、取り巻く環境がいい状態だと思えなくなって。今にして思えば自分が悪かったんですけど」。当時はそれを解決する道が見つからず、気持ちをリセットするために違う場所に行こうと決めた塩川さんは、「どうせなら」と東京へ行くことにしました。
探し続けた末に見つけた、箸作りという天職
東京へ出てきたものの、特にあてがあったわけではありません。引っ越しやコンビニのアルバイトをしながら過ごす日々。ある時、インターネットで見つけた仕事に塩川さんは興味を引かれます。「葛飾区の『弟子入り支援事業』というサイトがあって、いろんな伝統工芸の弟子を募集していたんです」。その中にあったのが唐木細工の仕事でした。「サイトにあった仕事場の写真を見ると、それほど広くない場所で一人でできそうな仕事だなと思ったことが応募した理由です。石材店を経験して、ものづくりの仕事を続けたい気持ちもあったので」と塩川さん。面接を受けてみると見事採用に。唐木細工職人として新たな一歩を踏み出すことになりました。
唐木細工は、熱帯地方でとれる黒檀や紫檀などの硬質な木材で作る細工物。塩川さんが弟子入りした工房では、主に机や花台、箱物などを作っていましたが、新しく始めた箸の評判が良く、塩川さんはその専任として修業を始めたそうです。カンナ研ぎに始まり、箸の粗削りなどのステップを踏み、一通りの仕事ができるようになるまで1年半ほどかかったと言います。「修業をしていく中でこの仕事を続けていこうと決めました。自分が思ったとおり畳一畳ぐらいのところでできる仕事だということ。それにやっていておもしろかったからです」。たまたま見つけたサイトが転機となって飛び込んだ職人の世界。人と会う仕事は苦手だと言う塩川さんにとって、一人で完結できる箸作りは天職だったのかもしれません。
- 2階の作業場の一角は、ノコギリとカンナで一杯です。
- ほぼ直角に刃があたる立カンナと呼ばれる道具。唐木職人が使うカンナです。
- やさしい顔立ちの塩川さんですが、手を見るとまさに職人の手です。
求められる品質の中で、特長を出す難しさとおもしろさ
「箸作りのおもしろいところは、大きな材料から箸をどうやってとっていくか考えること。材料もいろいろな木材を使うので、それに合わせた道具や加工がいるところもおもしろいですね。逆に難しいところは、ただの二本の棒ですから、その中でどうやって自分の特長を出せるか。そして食器は使用環境がシビアですから、新しいことをするときにはいつも耐久性のことを考えながらやらなければいけないことです」。
箸には丸と角があって、角は三角から十角まであるそうです。どれが使いやすいかは好みですが、塩川さんは「個人的には胴張り型が一番使いやすい」と言います。胴張り型は、四角い箸の角を面取りして持ちやすくしたもの。昔ながらのスタイルで、最も一般的な箸です。これを作るには、まず板を専用の当て木を使って斜めに棒状に切り出し乾燥させます。この木地を治具と呼ばれる溝のある作業台に固定して必要な太さになるまでカンナで削り、さらに研磨機で形を整えながら削った上で仕上げの磨きをかけます。最後に拭き漆を施して完成となります。
「持ちやすいように面取りはしていますが、いい箸は角がきっちりと出ています。上から見るとよく分かりますよ。これは親方から教わったことですが、私もそれが正しい作り方だと思っていますし、いい箸の条件だと思っています」。
- 工房の1階。冬の暖房は薪ストーブです。
- 材料を切り出す丸ノコ昇降盤。角度を付けて切るためのオリジナルの道具を使います。
- 斜めに切り出された材料。すでに箸の形をしています。
日々箸作りに取り組みながら、魚沼発の商品を目指す
東京の工房で箸作りのおもしろさを実感しながら仕事に励んでいた塩川さんですが、再び転機が訪れます。「親方が亡くなってしまって。しばらくは仕事を続けていましたが、いつまでもこのままでは良くないと考えて、独立して自分の工房を持とうと思ったんです」。工房として使える場所がないか探したものの適当な物件がなく、思い至ったのが実家の作業小屋でした。「あそこなら箸作りができる」。そう考えた塩川さんは、10数年ぶりに故郷に帰る決心をしました。
魚沼に戻っても塩川さんの箸作りに対する気持ちは変わることなく、東京にいたときから付き合いのあった箸専門店の依頼を中心に仕事も順調に続いています。そんな中、新たな取り組みも始めています。「オリジナルデザインの箸を考えていて、試作品も作っているんですが、なかなかいいアイデアがなくて(笑)。それとせっかく魚沼に戻ったので、魚沼ならではの商品も作れないかと思っています」。
魚沼のブナを使って箸を試したこともあったそうですが、材質が柔らかくどうしても曲がってしまう難点があったと言います。「ただ、箸じゃなきゃだめだってことはないのでね」と塩川さん。魚沼の木を使った次のアイデアを温めているようです。
取材当日、工房の外にはうずたかく雪が積もっていました。ただ季節は巡り、春は必ずやってきます。塩川さんのこれまでの歩みがそうだったように、取り組み始めた魚沼発の箸も新商品も、やがて芽を吹き、きっと大きな花を咲かせてくれるはずです。その時を思い、塩川さんは今日も黙々と箸を作り続けます。
- 漆でカラフルな模様を付けた箸の見本。
- 切り出された箸。仕上げられる前の状態。
- 作業小屋を改造した工房の外観。分かりにくい場所なので、外壁に「はし」と書き記したそうです。
塩川木工所
住所:〒946-0032 新潟県魚沼市板木544
TEL・FAX:025-792-2778